『去年の冬、きみと別れ』中村文則 幻冬舎刊

主題やテーマそのものを軸にしたまま徹頭徹尾描かれる小説というものは実に少ない。たとえば旅小説の類いは「旅」を舞台とした「人との出会い小説」へ、本格派以外のミステリー小説はごくわずかなミステリー要素を軸とした「人情小説」あるいは「職業小説」の類いへとすり替わりがちだ。脇枝ばかりを無数に伸ばすのと違い、幹そのものを太くさせてゆくように、主題に沿ったままあらゆるものを内包させることは難しい。小説を量産しなければならないたいていの作家にとって、最も大事にしなければならないそのことこそが最も困難であったりする。ミステリーをミステリーそのものとして、サスペンスを宙吊りな状態に置かれる不安定さ(suspense)として純粋に描ける人は、あまりいない。

中村文則氏による本作『去年の冬、きみと別れ』では、それが完璧なまでにやり遂げられている。『掏摸』で世界的な認知度も広めた中村文則作品の今までの魅力を保ちつつも、叙情ミステリーであり、新本格であり、純文学であるという、今までに誰も読んだことのない種類の小説であると断言できる。

〈「あなたが殺したのは間違いない。……そうですね?」〉拘置所で、殺人者とおぼしき人物へ訪問者の男が問いかけるシーンから不穏な物語は始まる。そしてその直後の時点で、男は殺人者から〈覚悟はあるのか〉と逆に問いただされる。それに対する男の〈わかりません〉という返答が表しているように、この小説ではしばしば登場人物たちの立場が反転する。

さらに、死刑になることがほぼ確実であるにもかかわらず殺人者はアクリル板越しに訪問者の心配をしていたりと、登場人物の多くがどこか自分の置かれた状況を他人事のように眺めている。魂と身体を分離させたような彼ら彼女らによるやりとりは、たえず読者の意識を宙づり状態にさせ、安易にどこかへ着地させることを許さない。謎が一つ明かされても不可解であり続ける登場人物たちの心理は、あくまでも一定的な距離感を保った繊細な筆致で描かれる。

〈彼の欲望は、全て誰かの真似なのです。……つまり、彼の中には何もない〉という強いセリフが象徴しているように、本作では“真似”や“代替可能”という要素も強くおしだされる。殺された二人の女、殺人者の姉、写真の中の女、人形の女……登場する女たちそれぞれが重要な役割を担っているが、彼女たちと関わる男たちの存在は不思議なほど同質化してゆく。そしてそのことに、彼ら本人たちは気づけておらず、“真の欲望は隠される”というキーワードが我々読み手の心へと響く。

K2と呼ばれる謎のサークル、写真、人形――前半から即物的な興味も惹いてくるこの作品は、質の高さを最高な状態に保ったまま最後のページにまで至る。氏の新たな挑戦作であると同時に、最高傑作である。

※初出:「文藝」2013年冬季号

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