『ルポ中年童貞』中村淳彦 幻冬舎~「蠢く童貞オジサンたち」

企画AV女優たちのバックボーンを記した「名前のない女たち」シリーズをはじめとして、中村淳彦氏の著書を数年前に六、七冊まとめて自腹で買ったことがある。そのうち三冊くらいは読んだ。全部は読んでいない。書店で氏の新刊を見かけても、

「AV女優とか性風俗産業周辺にいる女の子とか、ニッチなジャンルを開拓したこの人はいつも同じこと書いているな」

と思っていたが、本書はなにやら様子が違う。取材対象となるのが、いつものように女性ではなく、中年男性─それも、童貞の中年男性たちだという。

「はじめに」でデータが引用され、〈国立社会保障人口問題研究所「第14回出生動向基本調査」(2010年)によると〉〈30~34歳の未婚男性のうち、性交経験がない人の割合は26.1%となっている。おおよそ、4人に1人以上が童貞という計算だ。〉〈全国に209万人の中年童貞がいることになる。これは長野県の総人口と、ほぼ同数だ。〉

……衝撃的だ。その理由を表すデータとして、

〈1950年(昭和25年)の生涯未婚率は、わずか1.5%。それが2010年には20.1%に跳ね上がっている(男女共同参画白書 平成25年版)。〉

と、誰もが思い至るデータが挙げられる。結論からいうと、このデータ以上に客観的だったり詳細なデータが本書中で提示されるわけではないが、

〈私は介護現場の末端で、30歳を越えて性交未経験の中年男性に大きな問題が潜んでいることを確信した。〉

著者はそう言い切ってしまう。これには少し驚かされた。〈確信した〉、である。責任逃れの余地を残した言論や論法ばかりが幅をきかせる昨今、個人の考えをここまで断言できてしまうその姿勢はただそれだけで、勇ましく、信頼できるではないか。

第一章から、いつもの精力的なフィールドワークの様子が描かれる。秋葉原での取材では、主に世代別に細分化したオタクたちの経済力の差なんかが明らかにされ、当然のように中年童貞男性たちとの親和性にも結びつけられる。

他にも、妄想が激しすぎリストカットを繰り返してきた高学歴中年童貞や、一発のセックスすらできず自殺してしまったAV男優、ネット右翼の中年童貞、女性にモテない理由を潰すためゲイでもないのに男性とアナルセックスし性同一性障害を偽る〝童貞〟と、極端な人たちの話が続く。

中年童貞男性たちにフォーカスをしぼったレポートは、とにかく読ませる。すべての著作を読んだわけではないが、今まで中村氏が書いてきたどの著作よりも熱中させられるのはなぜなのだろうと思った。取材対象者に過度に同情しない、時に冷たく突き放すような目線は、いつもと変わらない。哲学者ドゥルーズがいうところの、既存の事実を弁護士的コラージュで編集し一つの物語を作るマゾヒストと同じように、おうおうにして書き手はいつも同じふうに書く。

つまり読後感が違うのは題材がいつもと違うからであり、理由はおそらく、オジサンがオジサンについて書いているからだ。オジサンがオジサンを観察する視線には幻想やノスタルジーのようなものが一切ないため、説得力がある。

本書の美点は、おおまかに述べると、結論へ向けレポートが収束してゆかないところだ。冒頭で提示されるデータと、その後のレポートには、それほど相関性がない。しかしそれは至極まっとうな書き方で、中年童貞などといういくらでも切り口のある問題の実態など誰にもわからないし、ましてやその原因究明など複雑すぎて不可能に近いだろう。そもそも冒頭で示されたデータに関しても、他団体がとった似たようなアンケートではまったく違う結果だったりするから、どのデータを用いるかによってもバイアスなどいくらでもかけられる。それに、紹介される中年童貞たちの例は極端すぎて、私たちの隣にいる静かな中年童貞たちの実態は紹介されない。それでもなお本書が信頼できるのはやはり、結論へ向かい収束しないからだ。終盤においてよくわからないタイミングでAV監督との対談が設けられ、最後はまた淡々としたレポートで終わる。

論ありきで、情報を好き勝手に取捨選択し一つの流れを作ってゆくのは簡単なことだ。中村氏は論を作り上げることはせず、職人のように、現実社会の隠された部分を照らし出してくれる。

長野県の総人口とほぼ同数らしい、中年童貞という得体の知れない存在についての新たなるレポートができあがるのを、心待ちにしてしまう。

初出:PONTOON2015年4月号

Follow me!