EOS kissX5

自分が認識したものを、他者に対して、正確に伝えたい。そういった欲望が、小説家の自分にはある。小説家志望の人にたまに会いアドバイスを請われるが、なにが必要かと問われれば、論理的で正確な文章を書けるようにすることだ、と答えている。小説という表現において、書きたいことやモチーフを想像力で膨らますことはもちろん大事なのだが、それを正確に書き表す能力が、必要不可欠となってくる。言い換えれば、どんなに豊かな想像力を有していても、それを伝えるための技術がなければ、全く意味がない。筆力が上がるほど、伝えがたい微妙なニュアンスを必要最低限の文字数で他者に伝えられるようになる。下手な人ほど、手垢にまみれた、紋切り型のテンプレートみたいな“小説っぽい文章”で原稿用紙を埋め尽くす。書き手の意思を正確に伝えられていない文章は、悲惨だ。しばしば、文章修行などろくにしていない小説家志望者の文章より、論文しか書いてこなかったような理系研究者がさらっと書いた散文のほうが面白かったりするのは、そのためだ。
正確に伝えたい。小説を書く際のこだわりと地続きのような理由で、数年前に「EOS kissX5」を買った。自分にとっての、初の一眼レフカメラだ。
たとえば自分の場合、感動する景色に出会った際に、そのニュアンスを最もうまく表現できるのは、文章というツールだ。しかし、いつも文章に起こしているわけにもいかず、写真として記録したいと思う機会もある。たとえば、夜の風景を、自分の目で見たように撮ることができない。昔から、コンパクトデジタルカメラや、携帯電話のカメラで夜景や花火を撮ったりする度、そう思った。だから、高品質のレンズで正確に景色を切り取って記録してくれる、一眼レフカメラがいいと思った。コンパクトで携帯性も良い「EOS kissX5」は、自分の用途にぴったりだった。
小さな暗いレンズに、解像度の低いCCDを搭載したカメラの性能には限界がある。低品質の写真しか撮れないからおのずと、撮影後の加工で誤魔化すしかなくなる。スマートフォンのカメラ全盛の時代で、加工された写真が世にはびこっている。意図的なセピア色や、極端なコントラスト、自動的に動物の耳がついたりするわけのわからないアプリで編集された写真が、日々送られてきたり共有される。そんな写真ばかりだと、気持ちが悪くなってくる。その人たちが見たい世界を、脳の中の主観的な画を直接的に見せつけられている気がするからだ。世界を正確に認識しようとせず、見たいようにしか見ない、他者に対しても自分が見せたいようにしか見せない――。
だからこそ自分は今後も、己の文章や、高性能のカメラに頼り、世界の景色をできるだけそのまま忠実に認識・表現できるように努めたい。この連載の写真も、今回以外は「EOS kissX5」で撮っている。

初出:「DIME」小学館 2017年

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